今へと繋がる
幼い頃に芽生えた思い
オンライン書店「COTOGOTOBOOKS(コトゴトブックス)」の運営や、選書、執筆、企画などフリーランスで活動。明治大学政治経済学部卒業後、中央大学大学院で太宰治を研究。文学修士課程修了。著書に「いまさら入門 太宰治」(講談社)、「太宰治と歩く文学散歩」(角川書店)、「太宰治のお伽草紙」(源)など。
木村綾子さんのInstagramはこちら
作家と読者をつなぐ場として、本にまつわるさまざまな企画を手掛けるオンライン書店「コトゴトブックス」。
店主の木村綾子さんが月に10冊ほど本をセレクトし、作家と共に企画した特典付きで販売。
これまでになかった読書体験を提案しています。
モデル・タレントなどの活動を経て、コトゴトブックスの運営を1人で手がけながら、イベント企画から執筆まで幅広く活躍する木村さんに、
自身の読書体験やコトゴトブックスの立ち上げに至ったプロセスについてお伺いしました。
公式YouTubeチャンネルでは、インタビュー動画をご覧いただけます。
木村さんが本を好きになったきっかけは幼少期に遡ります。
祖母が自宅の離れで開いていた書道教室で、
文字を覚えるにつれて読めるものが増えていく喜びが本を読む楽しみにつながっていったそうです。
小学生になると、図書館に通い、たくさんの本に触れたという木村さんは、とくに非日常の世界に飛ばしてくれるファンタジーを好んで読んでいました。学年が上がるにつれて、本棚の高い所に手が届くことも嬉しく、ますます本が好きになっていきます。書道教室にはいつも生徒がいて、兄弟も多く常に人に囲まれて育った木村さんにとって、本を読んでいる時は本当に自分だけの孤独で贅沢な時間でしたが、周りに同じように本が好きで読んでいる人はいませんでした。
「昨日のテレビ面白かったね〜という話はできても、なんだか本の話はできなくて。もしも昔から、人と本について話すことができていたら、そこで満足してしまって今のように、あの手この手で本の魅力を伝えるような仕事はしていなかったかもしれませんね」。
高校生になっても変わらず読書を続けていた木村さんに、人生を変える大きな出会いが訪れます。当時、大きな挫折を経験し、落ち込んでいた木村さんはふと立ち寄った古本屋で、太宰治の「人間失格」を目にします。それまで太宰の名前や作品に触れる機会はあったものの特に魅力を感じていませんでしたが、この時だけはなぜか表紙が光って見えたと言います。
「理由は分からないんですけど、お互いをなぐさめあっているような、同志を見つけたようなそんな感覚でした。お前の失敗なんて大したことないんだぞって言われた気がして、これはもう“希望の書”だ!って。すごく元気がでたので、周りの友達に意気揚々と話したのですが、何言ってんの?っていう反応でしたね(笑)。人間失格なんて読まない方がいいよとまで言われました」。
そこで否定されたことが木村さんの大きなターニングポイントに。
「人間失格を読んだその2時間で私が前向きになれたことは嘘ではないし、“そんなの読まない方がいいよ”という彼女なりの考えもそれはそれで間違いではないんですよね。そういった人との違いも楽しいし、振り向いてくれない人を振り向かせることも、全部伝え方にかかってるんだなと思いました」。
大学進学を機に上京した木村さんは、原宿でスカウトされたことをきっかけにファッション誌の読者モデルとして活躍するように。メディアに露出するようになると、「明治大学に通う、太宰好きの原宿系モデル」という肩書きが注目され、原稿やテレビ出演の依頼が舞い込んできました。インタビュー記事を執筆するものの、今のようにSNSなどがない時代。自分の書いた記事がどのように受け止められているのかが分からないことに木村さんはある種の恐怖を覚えます。
「表現したものがどういうところに届いて、どういう人がどんなことを感じてくれているのかが見えなくて。あの頃はまだ雑誌が元気だったこともあって、どうやら多くの人が読んでくれているらしいっていうことは聞いていたのですが、それ以上のことは分からなくて、不安になったんです」。
大学の専攻は政治経済。文学の勉強をしたわけでもない自分が、マスの場で好きなように書いていていいのだろうか。そんな疑問を抱いた木村さんは大学院で日本文学を専攻することに。太宰治を研究し、29歳で「いまさら入門太宰治」(講談社)を出版しました。
ファッション誌の連載は、洋服やおしゃれが好きな読者に興味を持ってもらえそうな切り口で記事を書いていたという木村さん。ある記事で太宰の代表作「女生徒」の主人公が、上着で隠れてしまう胸の小さな刺繍を“自分にしか分からないおしゃれ”であると得意げになっているエピソードを紹介したところ、それを読んだ読者が感銘を受け、ファッションの道に進んだと話してくれたことがあったそうです。
自分が発信したことが人の人生にまで影響を与えたことに驚いた木村さんは、この経験をきっかけに、「顔の見える距離で、反応が見たい」とマスからクローズドなコミュニケーションに気持ちが向いていきます。そんなとき、下北沢で人と人をつなぐ書店「B&B」の立ち上げ準備をしていたブックコーディネーターの内沼晋太郎さんと博報堂ケトルの代表・嶋浩一郎さんに出会い、ふたりと意気投合した木村さんはB&Bのスタッフとして加わることになりました。
B&Bでは毎日イベントを開催することになり、木村さんはその企画・運営を担当。作家同士の対談をはじめ、レシピ本の著者を招いて料理の実演をしたり、どうしてもアイデアが浮かばない時は自ら登壇してトークをすることも。
「B&Bでは、単なる刊行記念ではなく、イベントを価値のある商品として販売しているので適当な穴埋め的な企画では集客できません。当時は本当に大変で、イベントが決まってない!どうしよう!っていう夢をいまだに見るくらい(笑)。でも一冊の本の魅力をどの角度で伝えるかという想像力を鍛える訓練になりましたし、直接自分の感想を言うのではなく、企画を通して伝えられる楽しさを知ることができました。まさに子どもの頃、1人で本を読んでいたその先にあった景色でしたし、共感する相手がいない孤独感をすべて払拭できた7年半でした」。
後編へつづく 2023年10月26日(木)公開
日々の暮らしを少しだけ豊かにするヒントについて、素敵な方たちに語っていただきました。